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私は毎日PCのメールチェックをしていますが、先週ふと「開けてもないんだから・・・・・」とまる2日、開けずにいました。
私のPCには毎日、広告メールが1~2通きています。
それは大事なメールでは(私にとっては)ないので、来ないのと同じです。
2日ぶりになんとなく開けた「outlook」。
ボッチャ関係のメールは直接フォルダに入るようになっています。
「ボッチャ」に2通、「受信トレイ」に2通、計4通のメールが来ていました。
まず「ボッチャ」の方を何も考えないで開け、思わず「キャ~」。
今までどこへ行くのも(海外遠征)一緒だったK太が、「パラリンピック決まった」というメールをくれました。もう1通も全く同じメール。
「K太のやつ、舞い上がってわけわかんなくなってる」と一人で笑ってしまいました。
そしてちょっと「くやしいな」と一瞬思いましたが、まるで自分が決まったかのように目の前が明るく見えてきました。
昨年のワールドカップのペア戦でロンドンパラリンピックの出場権を失ったBC3ですが、個人戦の成績がよかったK太は、個人戦のみの出場が決定しました。(個人戦での出場の方が難しい)
「K太に行けるんだから行けないはずない」と思うと、楽しくなってきてしまいました。
「絶対、ブラジルは行ってやる」と心に誓いました。
ちなみに「受信トレイ」に来ていた2通のメールは、母がK太メールを転送したものでした。
母も2通送ってくるぐらい舞い上がっていました。
その後、私も同じことをやりました。

私の夢だった「日本初(BC3)のパラリンピック選手」にはなることできませんでしたが、4年後のブラジルパラリンピックを目差し、日々の練習や国内の大会等をがんばっていきます。

今後ともロンドンパラリンピック出場選手をはじめ、「日本ボッチャ協会」「埼玉県障害者ボッチャ協会」への応援・ご協力をよろしくお願いいたします。
君、ロンドンパラリンピック出場おめでとう!!
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 約2ヶ月前の古い話です。
そして、ボッチャのルールについての話なので、「つまらない」と思う方も多いと思いますが、良かったら聞いて(読んで)ください。

1月22日の東京都障害者スポーツセンターで行われた、「交流ボッチャ大会」の決勝の時のことです。
その試合は2エンドが終って同点でした。(2エンドマッチ)
同点の場合は「タイブレイク」をします。(くわしくは「埼玉県障害者ボッチャ協会」のHPから「日本ボッチャ協会」のHPへ)
先攻後攻のコイントスで「市原ホッチャクラブ」が勝ち、選択の権利をとりました。
その瞬間に「埼玉ボッチャクラブ」のメンバーはもちろん、関係者全員が、「あ~あ」とため息交じりの声を上げました。
しかし市原のキャプテンが「あと(後攻)」といった瞬間に「よしっ」と埼玉のギャラリー一同ガッツポーズ。

主審が何も考えずに、市原のジャックボールをクロスに置きました。
副審の「ジャック、違うんじゃない?」の声に、私も何を言っているのかわかりませんでした。
タイブレイクになると、誰もが先攻を取るため自分のジャックでできます。
後攻になることはイコール、コイントスに負けることだと多くの選手・スタッフが思っています。
そして(コイントスに)勝つことで自分のジャックボールでゲームが始められるように、コイントスには、全神経を集中させて望むことが多いです。
今まで何回も(怒られながら)タイブレイクをやっている私は、後攻を取ったことも取られたこともありません。
後攻を取った時のジャックボールが相手ので始まるとは、その時まで知りませんでした。(そんなことは有り得ないと思っていた)
「へ~そうなんだ」と目からうろこを落としながら、タイブレイクを見ていました。
その時のタイブレイクは、1球のみでした。
先攻のYっきーが投げたボールはクロスに届かず、またため息。
しかし市原のコース上にあり、弾こうとしたキャプテンのボールがYっきーのボールにあたりそこで止まってしまいました。
その瞬間に試合終了。
埼玉が優勝しました。
後攻を取ったのは、勝てる自信があったからなのかはわかりませんが、ちょっとだけ「カッコイイ(勝てばもっとカッコイイ)」と思いました。

そして「絶対にコイントスには勝たなければいけない」と心に誓いました。
3月2日のゲーム交流会の優勝の賞品でもらった空気清浄機。
日曜日(3/4)に開けて使ってみました。
A4のコピー用紙(よくわからないが、それぐらい)ほどの大きさの箱に入っていたので、どんなものなのか想像もつきませんでした。(大きなものしか見たことがないため)
箱から出してその形にビックリ、球体でした。
球体の半分から下が給水タンクになっているのを見て、「加湿器?」「ねえ加湿器なんじゃないの?」と何回も繰り返していました。
でも加湿器ではなく、アロマ付きの空気清浄機でした。
さっそく給水タンクにお水を入れ、付属のアロマオイル(ローズ・ラベンダー・ユーカリの3種類が入っていた)のローズをお水に数滴たらしてスイッチを入れました。
お水がいろんな色に変わりながら、回り始めました。
そして、いい香りもしてきました。
何も知らない職員さんが「いいにおいする」とか、「(においの元は)ここか?」など言いながら、部屋に入ってくるほどでした。

「いいもの、もらった」と喜んでいたのですが、スイッチが回して(入・切)するため、自分ではできないものでした。
私のない頭で考え、スイッチ付きコンセントにつなぎ、自分で好きな時に使えるようにしました。
「私って、あったまいい(誰も言ってくれないから)」と、しばらく一人で言っていました。
いい香りで、PINKCATに戻れればいいな
2012.03.05 BLACKCAT誕生?
2月20日のブログに書いた「埼療協」の「ゲーム交流会」が、先週の金曜日に「障害者支援施設「熊谷(元の江南療護園)」」で行われました。
今回は埼玉県の西部の8施設から男女16人の選手が集まり、トーナメントで試合が行われました。
組み合わせの抽選で、一番最後の「H」を引き、いつものところ(ボッチャのときも対外AかHになる)だと「ニヤッ」と一人で喜んでしまいました。
初戦の相手は「熊谷」の人でした。
私は普段どおりにオセロを進めていただけなのに(介助していた新光苑の職員が耳元で「怖い、怖い」というほど意地の悪い手を使っていた)、相手が固まってしまいました。
「やりすぎたかな?」とも思いましたが、初戦で負けるわけにも行かず(相手の強さがわからないため)、本気でやってしまいました。
つづく2回戦は、「療護園滑川」の人。
同じような手を使い、同じようなことを耳元でささやかれながら、笑顔で終らせることができました。

新光苑から出た男性の部のM(いつも呼び捨て)は、「ペア優勝」とはりきっていたのに、初戦で負けて「敢闘賞」狙いに切りかえ、がんばっていました。
敢闘賞は、初戦で負けた4人がトーナメントで戦い2勝した人がもらうことができます。
「これに勝てば「敢闘賞」」という時に負けてしまいました。
「俺の分までがんばってこい」というひとことをもらい、私は決勝戦。
相手は「グリーンヒル美里」の人でした。
前の2ゲームとは比べ物にはならない手強さでした。
この日初めて「やばい、強すぎる」と思いました。
しかし意地の悪さで私のほうが上手だったらしく、3勝することができました。
優勝の賞品で、「空気清浄機」をいただきました。
帰りの車の中で、「ホントに性格悪い、腹黒い女」と言われ、「それって褒め言葉?」と喜んでいました。

「BLACKCAT」に改名しようかな