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 7月から私の母校(熊谷特別支援学校)で練習ができるようになり、土曜日の午後にやっています。
今月は一昨日で2回目でした。

車から降りると、必ず見てしまうところがあります。
高等部棟の西側・非常階段の下、植え込みの中をどうしても見てしまうのです。
体育館の前に車を止めた時も、すぐ入れるようにとスロープのそばまで母に連れて行かれたときも、前には進まず向きを変えて非常階段のほうへ行ってしまう癖がついてしまいました。
また練習のあともまっすぐ非常階段のほうへ、気がつくと向かっています。
私が吸い寄せられるその場所は、木が1本と石がごろごろしているただの植え込みです。
が、私にとっては特別な場所です。
石がごろごろしている中に、「うさぎ」と「かめ」の形をした石が仲よく並んでいます。
その2つの石は、私たちの学年の「卒業制作」です。
去年の春に久しぶりに見つけ、一人で大喜びしました。
また、7年前の校長(在学中の担任)先生が、「卒業制作が増えてしょうがないから、5年経ったものは写真にとって処分するんだけど・・・・・、お前達のは処分もできない。とんでもないものを作ってくれたよな・・・・」と笑いながら言っていました。
確かにその周りに「卒業制作」と書かれた札が何本も立っています。
でもそれらしきものは見当たりません。
私も「とんでもないものを作ったな」と思っています。
どういういきさつで作ったのか、くだらないことばかり覚えているこの私でさえ忘れてしまうほど、遠い昔の話になってしまいました。


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これからも練習のたびに、会ってこようと思います。
そしてご利益があるかは分かりませんが、大事な試合の前には手を合わせてしまいそうです。
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一昨日2ヶ月ぶりに、「和光特別支援学校」での練習に参加しました。
去年の今頃は毎週のように通っていたのですが、ワールドカップ後はしばらく行っていませんでした。
今年の4月から毎月第3土曜日に練習会が開かれるようになり、都合のつく時には行っています。

メンバーはだいたい「埼玉ボッチャクラブ」と同じですが、一昨日は珍しい人、横浜のJさんがいました。
Jさんとは私がデビュー戦の時からいろいろあり、今も気になる一人です。
私が体育館に着いたのがお昼前だったため、頭(ヘッドポインタ)も付けずにボールを転がして遊んでいました。
お昼の後は、2ENDマッチのゲーム。
まずは、すぐ横にたまたまいたK古君と。
ウォームアップボールもないままいきなりのゲームだったため、ボールがいうこと聞かず、1END(1点)取られました。
2ENDはなんとか取ることができましたが、「勝った」とは言えないゲームでした。
次はJさんと。
Jさんはいきなり、8mで勝負してきました。
私も8~9mは最近やっているので、何も考えずに投げました。
ぴったり行くはずが・・・・・・、アウトになってみたりとどかなかったり・・・・・。
「おかしいな~」と思っているうちに、Jさんのボールがぴったりくっついちゃった・・・・・・・。
どうしようと思う間もなく、ボールがなくなって・・・・・・、終了。
そのENDは1点取られました。
結局Jさんにも「勝った」と喜ぶことができませんでした。
その後、他の人のゲームを見ていて、「計算ミス」をしていたことに気がつきました。
練習の時だったからよかったけど・・・・・、と胸をなでおろしました。

「計算ミス」はしてはいけないことのひとつに増えました。
 「埼玉県ボッチャ選手権」の結果が、1週間前に「埼玉県障害者ボッチャ協会」のHPにアップされていました。
今までも公式戦はもちろんのこと、県内の交流戦や、所属選手が出場した県外の大会の結果などが開催後すぐにアップされることがふつうでした。

しかし今回に限って「2週間近く経つのに遅いな・・・・・・」と先々週、思っていました。
そして先週の火曜日に、開けてみました。
各クラスの上位3名までの名前が書いてあり、そこまではいつもと同じアップでした。

よく見ると、「2012埼玉ランキング」とかかれたところがありました。
そこをクリックすると、クラスごとに全選手(過去4回分)の大会ごとの成績・ポイント・そして総合ランキングが、一覧表で書かれていました。
迷わず「ランブ」のところを開き、自分の名前を探す気満々でした。
探すも何も一番上にあり、「ニヤッ」と笑ってしまいました。
去年まで1位だった選手よりポイントを稼ぎ、やっと1位になることができました。
私が今まで1位になれなかったのは、3年前に1回だけ出場しなかったのが、大きく影響しているのだと思っています。
優勝は、3回もしているのに・・・・・。

それに気がついた以降は、「どんなことがあっても出場しなければいけない」と肝に命じています。
「日本協会」も同じように、ランキングを発表していただけることを期待しています。
2012.07.09 お手伝い
 昨日(7月8日)、ボッチャのロンドンパラリンピックの強化合宿があり、お手伝い(練習相手)に行ってきました。
今までの合宿は築地の「教育会館」でしたが、昨日は「城北特別支援学校」でした。
初めての場所だったのですが、ナビのおかげで迷うことなくいくことができました。
が、入口が分からず周りをぐるぐる回ってしまいました。
やっとの思いで構内に入ると、スタッフが「分からないでしょ?」と声をかけてきてくれ、「着かないかと思った・・・・・」と思わず口から出てしまいました。

体育館では、BC1/BC2の代表選手やお手伝いの選手ばかりが練習していました。
BC3の代表選手であるK太の姿が見当たりません。
ふと横に目をやると、ベッドの上で寝てました。
パラへ行くために作った電動(車イス)がまだ合わず、「お尻がいたい」とのことでした。
大事な大会等の直前には、ボールをはじめとした競技用具はもちろん、車イスも変えるものではないと分かっていましたが、改めて「大会前は何も変えてはいけない」と思いました。
十分休んでいたK太は午前中に、休みなしで4エンドをしました。
練習相手が私の他にもう1人いたため、私は2エンドで交替することができました。
そのもう1人はアシスタントがいなかったため母がやっていました。

4月にも合宿のお手伝いに行ったのですが、その時は私1人だったため8エンドぶっ続けでした。
しかも1点も取ることができず、「やっぱり、バラ行くからかな」と思いました。
昨日の午前中も1点も取ること(欲張ったのが悪い)ができませんでした。
「やっぱり、力つけたな」と思いながら午後の練習に突入。
体育館はクーラーが効いていて涼しかったのですが、途中で水分補給をしました。
飲んだ後気合いを入れて、ゲームに戻りました。
自分でも驚くほど強気になってしまい、3エンドで8点取ることができました。
これが最後の練習だったため、まるで「日本選手権」の決勝のあとのような最高の気分でした。
 以前から欲しかったビデオカメラを2週間前にアシスタントが買ってきてくれ、「埼玉ボッチャ選手権」で初撮影をしました。

試合のコートに入るとエンドラインの向こう側に、黒・赤に混じってピンクのカメラがスタンバイ。
今まで何十回も同じ状況の中でやってきたはずなのに、ピンクのカメラを見てドキドキドキドキ。
試合中は集中していたため気になりませんでしたが、終ってから復習のために撮ったばかりの試合を見ました。
見ていると、その時はそれがベストだと思っていた1球が全然違うところへ行ったり、狙いがずれていたりと自分で見ていてイライラしてきてしまいました。
いつも私の試合を見せられている、クラブのコーチやスタッフやお母さんたちもイライラしているのかな?と思ってしまいました。

そんなことを思っていたことも忘れかけていた一昨日、母が「PCで見てごらん」とカメラを持ってきてくれました。
その日の夜、男性職員さんに手伝ってもらいPCに落としました。
いつも私が寝る時間になっても終らず焦りましたが、なんとか無事に落とすことができました。
そして昨日は一日、試合を見ていました。
全試合を撮ったわけなのに、1試合分が行方不明に・・・・・。
よくよく見ると、カメラの時計が12時間ずれていて変なところで日付が変わったため、分からなくなっていただけでした。
今度使う時までには、時計を合わせておかないと・・・・・。

1週間たって見直した試合は、直後に見たよりもっとイライラしました。