FC2ブログ
2013.07.29 弾丸ボッチャ
 7月27~28日、『ユニバーサルボッチャ選手権』が『ラポール』にて開催されました。
団体戦のみの予定でしたが、急きょ個人戦もやることとなりました。

27日、渋滞に巻き込まれ大分遅くなった私は、着くなり組み合わせを聞かされ、ニヤリ。
『日本選手権(本戦)』の予選リーグの2人でした。
今回の個人戦はリーグのみで、リーグ内の成績で終ります。
2人に勝てばリーグ優勝できます。

第1試合いきなり、Kさん。
Kさんは先月の『埼玉選手権』でまけているので、「負けるわけにはいかない」と気合を入れて試合に入りました。
「『埼玉選手権』の恨み・・・・・」と言わんばかりに攻め続け、9-0で勝ちました。
最後の計測の時には、Kさんは「もういい」と確認もしませんでした。

その試合が終わらないうちに次の相手であるw君が(いつもは「K」と呼んでいる)スタンバイ。
「メディカルタイム」と言いながら、トイレへ・・・・・・・。
他の大会は試合の間が約1時間(それでも忙しい)あるのですが、「ラポール」でやる大会は、休み時間がありません。
これを私は「弾丸ボッチャ」と名づけました。
トイレと水分補給をすませ、w君との試合。
この試合も3END終わった時点で、すでに8-0でした。(もちろん私が8)
4ENDの1球目で寄せられてしまいました。
私はそれを弾かずにまもりました。守ったつもりが、隙間だらけ。
しかしその隙間に入れられることなく終了。
試合後、お互い母に怒られました。

2勝した私は、リーグ最後の試合の前に、優勝が決まってしまいました。

『日本選手権』の予選より、何倍も気分のいい、2勝でした。
スポンサーサイト



2013.07.22 にわかコーチ
 先日の『日本選手権(予選)』の2日目のことです。
前日に2勝し本戦出場が決定した私は、仲間の応援に力を入れようと早めに体育館に行きました。

ちょうどK君がコールルームへ向かおうとしているところでした。
「がんばれ!」と一言言いたくてそばへ近づきました。
そのまま話しながら、コールルームの入口までついて行ってしまいました。
私の他にK君のお母さんと、予選会の様子を偵察にきたKさんのお母さんもその場にいました。

以前は日本では、コールルームには選手(アシスタント含む)以外は入ることはできませんでした。
去年の日本選手権の予選の時から、コーチが入れることになりました。
私も前日の2試合目のときには、コーチと一緒に入りました。
コーチが入ってもなにをするわけでもありませんが、いるだけで「私は特別なんだ」とがんばれます。
また、相手の選手に「こいつできる」と思わせ、精神的に追い込めるのかなと、私は思います。

コールルームが開きK君とアシスタントの先生が入ろうとしたとき、「コーチ、コーチ、コーチで入っちゃえ!!」とお母さん2人が言い出し・・・・・。
先生も「そうだ!入れ!!」と・・・・・。
コールルームの受付でK君と先生のあとをくっついて入ろうとしました。
受付のボランティアさんが「試合がありません」と私に言いました。
先生がすかさず「こいつ、コーチで入れます」その一言で、私は堂々とコーチとしてコールルームの中を自由にうろうろすることができました。

K君の他にも、日本選手権でビューのHちゃんが中にいました。
K君とHちゃんのコートを行ったり来たり・・・・・。時間いっぱいまで「楽しんでね!」と繰り返しました。
準備が整い、入場曲であるSMAPの「joy」が流れ始め、選手がコートへと入っていきました。
私は2人が入っていくのを見送り、「joy」を歌いながらコールルームを出ました。

私みたいな『にわかコーチ』がもう1人。
いつもお互い死に物狂いで戦うK太。
しかし、試合をこなした後の『にわかコーチ』は私だけでした。

ちなみに、K君とHちゃん2人とも勝ちました。
 7月13~14日、福島県の『あづま総合運動公園』にて、『第15回日本ボッチャ選手権』の予選会が開催されました。
今年の予選はリーグ戦のみで、本戦出場できる選手が決まります。
私は3人リーグのところに入りました。

1試合目を11-0で勝ち、「2試合目も同じようなスコアで勝つ」と気合を入れてコートに入りました。
が、気がつくと、3-3のタイブレイク。
「これで負けたらヤバイ・・・・・」私が思うより先に、その試合を見ていた関係者がブツブツ言っていました。
今回は6リーグあり8人を選ぶため、リーグ2位の6人がタイブレイクのみでトーナメントを行うことになっていました。
ブツブツ言われながらタイブレイクに入り、私の1球目が思うようにジャックに着きませんでした。
それでも相手は5球使いました。
その5球目がジャックを隠すように近づきました。
ジャックが見えなくなってしまった私は、「どうなるかわかんないけど、どうにかなる、なってくれ・・・・・」と思いながら、強いボールを投げました。

どうに転がったのか知りませんが、相手のボールに隠されていたジャックが少しだけ顔を出してくれました。
「もう1回」と言いながら私が投げられる最も強いボールを投げる指示を出し、いつもより慎重に狙いをつけました。
「お願い!!」ボールに祈り、静かに押し出しました。
私の思いがわかってくれたのかそのボールは、相手のボールを飛び越えジャックに抱きつきました。
その瞬間、コートの外から「よしっ!!」の声と大きな拍手。
私も「よしっ!!」と思いっきり叫びました。

相手が最後の1球をどうするのか、誰もが気になっていたに違いありません。
私は「どうするんだろう?」「やれるもんならやってみろ」とじっと見ていました。
すると、5mに届かない弱いボールで終わりました。
私は審判にスコアを確認し、残りの3球を投げずに終らせました。
コートから出ると、「なにやってんの?」「タイブレイクに回ったら辛くなるから、やめてよね」「ハラハラさらせないで・・・・・」などとオコゴトを言われながらも、「よくがんばれたね」「ねばったね」とお褒めの言葉も頂きました。

久しぶりの疲れた試合でしたが、終った後しばらく最高の気分でした。
その試合に勝ったことで、本戦出場が1日目で決まりました。
本戦は12月に大阪で開催される予定です。

本戦でも、いい試合ができるように日々の練習をがんばります。
 今週末(13~14日)、『日本ボッチャ選手権』の予選があります。
今年は、私も予選からの出場です。

2週続けて土日と『熊特』で練習でした。
2週目の2日目となる昨日は、なんとなくやる気がなく、「暑い、暑い」と言っては休憩、「トイレ」と言ってはまた休憩。
「休憩するために体育館にいるんじゃない!!」と思っても、ダラダラしてしまいました。
「早めに終ろう」と片付け始めると、その前からカミナリが鳴っていた空からポツポツと降りだしました。
「ひどくならないうちに・・・・・」と大急ぎで片付け、車へ飛び乗りました。
車に乗る頃が一番ひどく、校門を出る頃には日が照っていました。
「あっ!虹だ」その声に車の窓から見ると、東の空の黒い雲の隙間に虹が見えました。
「ダブルだよ」の私の声に車のスピードを落とし、必死に2本目を見つける母でした。
「ホントだ、だんだん濃くなっていく」
虹を追いかけるようにして新光苑まで、帰りました。

その虹を見ながら、2年前のことを思い出しました。
ワールドカップで行った、ベルファストでものすごい雨の後に虹がきれいに出ました。
虹を撮るために私たちを置き去りにしたアシスタントやコーチでした。
その後の試合の結果など忘れてしまいましたが(ふつうは忘れてはいけない)、昨日のダブルの虹を見て「なんかいいことあればいいな!!」なんて思ってしまいました。(そんな事思っていると「いいこと」なんてあるわけない)

「『日本選手権』をがんばろう」と思いました。
 6月25日の夕方6:00、「『IOC国際オリンピック委員会』から『2020夏季オリンピック』開催候補地の評価報告書が届いた」とニュースで大きく取り上げられていました。

夕食に夢中になっていた私(テーブルがテレビから一番離れている)は、「オリンピックのことをやってるけど、よくわかんないな」とそんなに気にしてはいませんでした。

その後も自分の見たいものを見てしまい、ニュースを見ませんでした。
というより、『評価報告書』が発表されることも知らなかった・・・・・・。
私がちゃんと知ったのは、9:00前のNHKニュースでした。
私としたことが・・・・・・。
初めて夕方のニュースを理解することができました。(遅い遅すぎる!!)

「東京が高評価」と知り、テレビに向かってガッツポーズ。
その瞬間を、トイレに行くため迎えに来てくれた職員さんに見られ「なにやってんの?」と静かに言われました。
そして詳しい内容をも聞けず、トイレへと連れて行かれました。
「明日からしばらくこの話題だから・・・・・」と思ったのですが、思ったより、ニュースにならない。
『評価報告書』には、「安全な大会ができる」とあったそうです。

このまま、9月7日の『開催地決定』まで行ってくれればと心から願っています。
しかしその評価に安心していると、他の開催地に決まってしまいそうにも思えてしまいます。

『開催地決定』までの残り2ヶ月、『招致活動』がんばりましょう!!