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 一昨日・昨日と『熊谷ドーム』にいました。
2日もいるのだからさぞ大きな大会と思う人がほとんどだと思いますが、去年も出場しないのに体育館で遊んでいた「ふれあいピック」が昨日ありました。

今年も去年と同様に『審判の審判』といい、一日楽しく過ごせました。
今年は前日の『コート張り』のお手伝いに行く母に、「私も行く」と無理矢理ついて行ってしまいました。

7コートも作るのに、集まったのはたったの5人。
3週間前より厳しい状況でした。
「絶対終らない」「終るの8:00?9:00」と言いながらも、「ちゃっちゃと作ってちゃっちゃと帰ろう」の声に5人(正確には6人)はがんばり、7:00には解散していました。
「このままここに泊まりたい」といいながら家に帰り、朝の7:40には駐車場にいました。

『審判の審判』のため開会式も出ず体育館にいると、審判さんたちが『お勉強』とか言って一斉に遊び始めました。
そんな審判さんたちの姿が、とてもかわいく見えました。

20ほどのチームがそれぞれ2試合をがんばり、会場は大いに盛り上がっていました。
投げるチームがほとんどの中、『ランプ』の選手の姿もありました。
昔使っていた(足がないタイプの)ランプや、『雨どい』ランプを見て、「懐かしい」と思いました。
また「『雨どい』を侮ってはいけない」とも、思ってしまいました。
以前、『雨どいランプ』にみんなやられてしまったことがあります。
それから『雨どい』を見るたびに構えてしまいます。
昨日も、なんとなく構えてしまった私です。

いつも午前中で引き上げる私たちですが、午後の部(知的)を見学し、後片付けのお手伝いをしました。
昨日から「邪魔、どいて」としか言われてなかった私ですが、コートをはがした後のモップ掛けを胸を張ってやりました。
ひろいから『掛け応え』がありました。
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2013.09.23 おいしい一日
 先週の木曜日(9月19日)、新光苑始まって以来の『バーベキュー』がありました。
その日の献立が出た10日ほど前から、「なにするの?」「食べるだけ?」といろんな人に聞いて回り、楽しみにしていました。

前日には介護棟の玄関脇に、使うと思われる道具が用意されているのを見て「本格的にやるんだ、楽しみ・・・・・」とひとりで喜んでいました。当日いつものように介護棟に行くと、テラスで火起こしが始まっていました。
みんなが見えるようにと開けた窓から、煙がみんな中へと入ってきていました。
「煙が全部入ってるよ」と言いながら、テラスの外側へと回りこみ煙から非難しました。
カーポートの下に陣取り準備を見ていると、中から出てきたみんなが日陰を求めてカーポートの下へ押しかけてきました。
全員が日陰に落ち着けた頃、お肉・野菜・フランクフルト・ジャガイモなどが焼かれ始めました。
炭火のコンロだけでなくガスコンロも使い、100人前(よく分からない、適当に書いてみた)ほどを焼きました。
焼いている途中で「味見」と言いながら、鉄板の上のお肉をちょっとずつ口に入れてくれました。
かなり熱いはずなのに、食べられてしまった自分に驚きながらもしっかり「味見」をしたPINKCATでした。(いつもはとんでもない『猫(舌)』なのに・・・・・)

焼いた後は、「その場で食べたかった・・・・・」と思いながら、いつものように食堂で食べました。
バーベキューのためいつもより多めのお昼だったにもかかわらず、『手作りおやつ』で『みたらし団子』を作りました。
串にお団子をさした後、午前中に使ったガスコンロで焼き、たれをつけて食べました。お昼・おやつを全部食べてしまい、さすがに夕食を残してしまいました。
先週の『埼玉県障害者ボッチャ協会』の『強化練習』の前日、会場となる『熊特』のコート作りを、Hちゃん親子・アシスタント・母・そして私の6人でがんばりました。
いろいろな大会のコート作りは、前日に協会のスタッフさんや審判さんが3人1組で行うそうです。(話によると)

その日は6人いたことはいたのですが・・・・・、その中の2人は口だけ。
それでも2組に分かれ、以前に作ったコートの跡を基準に、メジャーで測りマーキングしていきました。
メジャーをしっかり押さえるには、2人必要です。
しかし2人で押さえると、マーキングなどができなくなります。
「これは、大変な作業だね」
「2人じゃ、無理」
そこで、私のタイヤでメジャーの端を踏みなんとか次のステップへ。

私はタイヤで踏むだけなので楽な仕事のように思いますが、とんでもない。
タイヤの足元(床に接触している部分)が全く(って言っていい)見えないため踏んでいるつもりでも全然踏んでなく、アシスタントや母にその都度「前、前、ストップ」「ちょいバック、もうちょい、あーあいきすぎ」と言われながら、楽しく役に立つことができました。(と私は思っているが・・・・・)

3コートを作るのに、2組でたっぷり2時間を費やし、全員ヘロヘロ。
午後の練習もなんとなく、だらけ気味でした。

次の日、『強化練習』も無事終わり、2コート分をはがすことに・・・・・。
母と私は「はがしちゃうの?ホントに?」を繰り返していました。
1コートは私たちの練習用に残していただけることになりました。

いさぎよくはがすのが、きもちよかったのもまた事実です。

スタッフさんや審判さんの気持ちが身にしみた、2日間でした。
 9月8日AM5:00、私はベッドの中でパッチリ目を開け、祈っていました。(本当はテレビをつけたかった)

それから2時間、「どうなったのか?早く起きたい・・・・・」それしか考えられず、AM7:00を待ち続けました。
am7:00を過ぎたとき、いつもは「おはよう」と入ってくる早番さんが「東京、決まった」と言いながら、カーテンを開けました。
2時間も前から起きている私はヘンなテンションで、その一言を聞き逃してしまいました。
「ダメだったの?」私は聞き返しました。
「人の話きいてる?『東京オリンピック』だよ」それでますます、ヘンになり・・・・・。
着替えから髪の毛を整えるまで、ヘラヘラ笑っていました。

そして、『埼玉県障害者ボッチャ協会』の『強化練習』のために迎えに来た母の朝のあいさつが「決まったね、がんばろう」でした。
強化練習の会場が『熊特』だったため、一番乗りでした。
来る関係者のあいさつが「やりましたね」「おめでとうございます」など、みんな喜んでいました。
「なんかヘン」と思いながらも、「今日は、日本中がこうなんだろうな」と思ってしまいました。

練習の後家に帰ると、父に「お帰り」ではなく、「やったな、がんばれよ。でも、その前に『ブラジル』わすれるな!」と言われました。
「そうだ、「ブラジル」あったんだ」とのん気に思ってしまいました。

とにかく昨日は日本中が大騒ぎの一日でした。
これからがスタートです。7年後に向けて、がんばりましょう。
 8月31日、8月最後の練習を『熊特』でしました。
最近は、午前・午後と一日練習するのが多くなり、一昨日の練習も一日でした。
『熊特』での練習も1人ではなくなり、練習試合もできるようになりました。

いつものように、午後から4ENDぶっ続けの練習。
私が3ENDまでに4点取っていました。
「時間があるから、勝っても負けてもタイ(タイブレイク)やろう」と母が4ENDの前に言いました。
私は「4点あるから守ればいいや」軽く考え4ENDに入りました。

昔から『守り』が上手くないこの私。
自分でわかっているからこそ「練習なんだから・・・・・」とやってみました。
案の定、1ヶ月前の『弾丸ボッチャ』のw君との試合よりひどい状態に・・・・・・。
一気に4点取られ、同点に。
本当の意味でのタイブレイクになってしまいました。

私の先攻で、タイブレイクが始まりました。
しっかり狙い、1球目を投げました。
ちょっと強くジャックにぶつかって止まりました。
ぶつかった時に右(青)側へコロン。
コロンと行ったせいで左(赤)側から、ジャックが見えました。
相手が投げようとしているときに、「これ、私だったら・・・・・」と真剣に考えてしまいました。
そして私が一番やりたくない(強いとかじゃなく)のは、「自分かも」と思ってしまいました。

青は、赤で見えないジャックを何とかしようと(するしかない)強いボールを投げ続けました。
ジャックと赤を離すことも、自分のボールを寄せることもできないまま青は終りました。

「この1球が、『日本選手権』で出てほしかった」と言いたくなるほどのものでした。
私たちのほかに誰もいなかったのが、残念でした。
「追いつかれてのタイはやってはいけないけど、あの1発(球)は文句つけようがないね」と久しぶりに母に褒められました。