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2013.12.30 大大大掃除
 今日は、少し早い更新です。

私が苑にいるのが何ヶ月ぶりかわからないような28日の土曜日。
私の担当さんも勤務で「これを逃したら永遠にできない!!!」と午前中から、部屋の大掃除を始めました。

軽い気持ちで始めてしまった大掃除。
机の上に無造作に積み上げられた手紙や書類の山の中から金メダルが出てきました。
「何でこんなところにあるの?」と言われ、他のところに手をつけるとまたメダル。
「しまわなくていいの?」と言っているそばから、またメダル・・・・。
拾い集めたメダルを紙袋へ入れて、棚にしまいました。
コンポのところ「ここ、やりたい」と言われ何も言いませんでしたが、「おそろしいことになっちゃう・・・・・」と思いました。

午後、私が『レク(振り替え分)』でオセロを楽しんでいると、「のん気にオセロやってる場合じゃない!!!」と迎えに来られ、部屋に入ると足の踏み場もないほど物で埋め尽くされていました。
コンポを動かしたのは私の記憶がたしかならば、12年ぶりのことです。
何も知らない人が入ってきてに、「何事?」「引越し?」などと聞かれました。
その度に「ただの大掃除」と笑いながら答える2人でした。
ホコリまみれになりながらなんとか元の位置に戻すと、机の上にメダルがひとつ。
「まだ出てくるか?」と棚の袋へ。
袋からあふれ出しそうなメダルを見ながら、「よく集めたな」「いくつあるんだろ?」「また新しいのほしいな」と思いました。
片付いてちょっとすっきりした部屋で、気持ちよく新しい年を迎えたいPINKCATでした。

来年も、『PINKCATの夢』をよろしくお願いいたします。
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 12月21日~23日、大阪市障がい者スポーツセンター『アミティ舞洲』にて『第15回日本ボッチャ選手権大会』が開催されました。
私たち『埼玉ボッチャクラブ』からは、BC3に3人、OP車椅子に1人が出場しました。
選手は4人なのに、アシスタント・スタッフ・その他18人の大世帯。
何人かは別のホテルでしたが、12人は『アミティ舞洲』の中に泊まることができました。

コンビニへ買い出しに行ってくれたスタッフを除き、ほとんどの人が4日間(前日に入ったため)外へ出ることがありませんでした。
12人中8人の女性陣は、大広間での寝泊り。
修学旅行気分で、にぎやかにやっていました。

肝心の試合はというと、私はまさかの予選リーグ3敗。
デビュー戦以来の10年ぶりのことでした。
他の選手も私と同じ成績が2人、予選リーグは全勝したもののベスト8止まりが1人。
全員が2日目で終了。
終ったことをいいことにその夜大広間に集まり、『反省会』という名の大宴会がありました。
クラブ以外の人たちも(もちろん敗者のみ)集まり、ドンチャン騒ぎでした。
「なんで負けたんだ?」と思いながらも、騒ぎまくったPINKCATでした。

次日は(クラブ員は)誰もいない決勝戦を必死で応援し、最後まで残った一同でした。
ちなみにBC3の優勝は、私が負けたKでした。
それが救いでした。

来年も予選からの出場です。
気持ちを引き締めて、0(いやマイナス)からがんばります。
 気がつくと12月半ば。
いつもなら、年賀状の宛名書きに忙しい時期。
ところが今年は、まだ何も手をつけていません。
「どうしよう・・・・・・」と思いながら、時間だけが過ぎていきます。

年賀状の材料がないから困っているわけではありません。
時間がないだけです。(やる気がないとも言う)
始めれば1時間ぐらいでできるとわかっているのに、始めないで自分で自分の首を絞めています。

10月の半ばには作れるようになっていたのに、「はやすぎる」と言って作らないでいた私が悪いです。
「11月になったら作っちゃおう」と軽く考え、実際に11月になってみると年賀状どころではなくなってしまいました。

やっと落ち着くともう12月。
大会やら練習やらで忙しくなり、その上に『かわら版』の締め切りも近づき、時間がありません。
「自分が悪い」と自分に言われ、言い訳できません。「誰か私に時間をください」と言いたいです。
それでも今週中になんとかメドを付けたいPINKCATです。

そういいながら、このあとテレビを見てしまいそう・・・・・。
 12月7日(土)『県立武道館・主道場』にて、『平成25年彩の国ふれあいボッチャ大会』が開催され、県内各地から『競技部門』・『交流部門』あわせて30チーム以上、90人以上の選手が集まりました。

毎年のごとく『埼玉ボッチャクラブ』から、『嵐』『ファイヤー』の2チームが『競技部門』にエントリー。
私は、『全スポ』のペアの一人K君といろいろな大会のチーム戦で組むことの多いYちゃんと『ファイヤー』でがんばりました。

『競技部門』は5リーグあり、各リーグの1位+2位の3番までが決勝トーナメントに進出できます。
『ファイヤー』は初戦を「なんで?」というような試合で負け、決勝進出が危うくなってしまいました。
2試合目を負けたらその時点で終了。
何としても負けることのできないその試合を6-0で勝ち、なんとか首の皮1枚でトーナメントにいけることになりました。
1敗のため誰もが「2(位)抜けでしょ?」と騒いでいると、全勝がいないため『ファイヤー』か1(位)抜けで、ベスト8になりました。

さあ忙しくなったと、お昼を流し込み、準々決勝へ。
この後の試合のことを考え、最小スコア2-0(2END)で勝ち準決。
準決もまた相手を0で押さえ、いよいよ決勝。

相手は、今や県内に敵はいない『ひまわり会C』。
『ファイヤー』のボールひとつで、投げきってしまいました。
と、ここまでは完璧(?)でした。
「5球もあるから2点や3点とらないと後が苦しくなる」と攻めてしまい、絶対やってはいけない相手のボールを寄せてしまいました。
それも3つも・・・・・・。
振り返ったアシスタントに思いっきり、文句言われました。
3点を追いかける形になってしまった『ファイヤー』は、『ひまわり会C』に足元を見られ遠いところで仕掛けられ1点しか返すことができず、負けました。
そして文句言われながら、『銀』をもらいました。

いつも『ふれあいボッチャ』は忙しい大会なのですが、今回は目が回るほどの忙しさでした。
その忙しさは、「勝っているから」と思うと、楽しかったです。
 2週間も風邪でブログを休んでしまいました。
3週間ぶりの更新です。

先週の月曜日、待って待って待ちくたびれた『新車(車イス)』が納車されました。
『申請』から1年半、『判定』から約9ヶ月、『採寸』から約4ヶ月。
あまりの嬉しさに風邪をぶり返し、2日間お預け・・・・・。ちゃんと乗れたのは、木曜日でした。

月曜日に乗ってあわせたはずなのに、乗っていると背中が丸くなっているような気がずうっとしていました。
クッションもバック(背もたれ)も、いままでと同じものなのにどこかが違う。
そう思いながら乗り続け、土曜日にそのまま『熊特』での練習に行きました。
「なんかシックリこないの」とアシスタントにつぶやいてしまいました。
するとアシスタントは私を車イスから降ろし、クッションのお尻の部分のジェルを押して、整えてくれました。
ふたたび乗ると、思わず笑いたくなるほどちゃんと座れました。
母は「なんだそんな(簡単な)ことだったんだ」と何度も繰り返していました。
ちゃんと座れたことにより、初めてわかったこともあります。
今まで「すわれている」と思っていたのは、「間違いだったんだ」ということです。
考えてみると常に「後ろに行きたい」思い、いつも足を突っ張っていたことに気がつきました。
そして、「つっぱりたい」と思わない私がそこにいました。

クッションのことがわかり、正しい姿勢で乗ることを覚えました。
車イスに乗ることが、今までよりも楽しくなりました。