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 昨日『熊特』での練習でした。
1週間前の土曜日は、いつも『和光』で行っている練習会が『熊特』で行われ、総勢20名以上が集まり1日とてもにぎやかでした。『熊特』を使い始めて以来のことでした。
『越谷』でも『和光』でも、選手が5~6人以上集まると体育館が狭く感じます。
それなのにこの間は、倍近い選手に加え選手1人につき1人以上のスタッフがいて、ごった返していました。
それでも不思議なもので、それぞれ相手を見つけてゲームに入ると今までのごった返しが嘘のようでした。
ほとんどが『埼玉ボッチャクラブ』のメンバーでしたが、中には川崎や横浜から来た選手もいました。
車でも大変なのに、大きな荷物を持ち電車(秩父線)で来た選手がいて、「わざわざご苦労さま」と言ってしまった私たちでした。

そんな練習会から1週間後の昨日の練習は、私を含めたったの2人だけ。
一人1コートで贅沢な(いつも)アップをして、11月に開催される『ユニバーサル選手権』のペアの練習をしました。
相手のペアがいないため、「『宇宙チャンピオン』が相手してやる」とHちゃんのお父さんが、ジャックの前にボールを置きました。
「絶対失敗しない『宇宙チャンピオン』」と私たちを苦しめました。
苦しめられながらも、『宇宙チャンピオン』から1ENDで4点奪った2人でした。

4点奪われた『宇宙チャンピオン』は、2人のコース上でジャックにぴったりくっつけて置きました。
「それは無理」という2人に「これぐらいやるでしょ?」とゆずらない『宇宙チャンピオン』。こっちも必死で戦い、なんとか最小失点で抑えることができました。
個人戦とは違い難しいけど、おもしろいペア戦。
国内の公式戦ではペア戦はありませんが、ペア戦の試合がもっとあってもいいと思ってしまいます。

『ユニバーサル選手権』では、『宇宙チャンピオン』も逃げ出すペアが続々出てきます。
そのどのペアにも負けないためにも、残り少ない練習期間の中で『宇宙チャンピオン』としっかり練習していきます。

今日も無事に更新できました。
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 『東京ボッチャ交流大会』で、『女神様』に好かれる前の話です。


1日目の予選リーグの初戦で、BC2のMさんと対戦しました。
対戦表を見た瞬間から、いやな予感がしていました。
ランプ選手同士の戦い方と全く違い、私のペースが乱されました。
乱されたことで焦りだし、いつもならできることもできなくなりました。
自分のミスを取り戻そうとすればするほど、状況は悪化していきました。
3END終わった時点で、5-0でした。
「勝つのは難しい」とは思いましたが、相手のボールをなくさせることができました。
私が勝つには自分のジャックを出し、残りボールを全て寄せることでした。
ジャックを出すのに2球使ってしまい、勝つことはできなくなりました。
それでもクロスに行ったことで楽に投げられるようになった私は、残り30秒で2個を投げ5-3で終らせました。
その後の試合には勝ちましたが、思うように点が取れなかったためリーグを抜けることができなくなりました。
そして潔く道具を片付け、OPENのYちゃんの応援していました。

『東京都障害者総合スポーツセンター』に宿泊したため次の日は、第1試合から見ることができました。
私のリーグの残りの試合が始まり、ドキドキしながら見ていました。
Mさんが勝てばMさんが抜ける、負ければ相手が抜けるか・・・・・・。
私が抜けることは、90%ない。
そんなことを考えながら見ていると、Mさんがかなり不利な状態。
もしMさんが負けても、(1勝1負が3人になるため)得失点でMさんが抜けることになると思っていました。

ところが試合が4ENDの終盤になると、いきなりコーチが「なんでもいいから食え!!」と私に言ってきました。
その言葉の意味は理解していましたが、「そんなわけない」「Mさんがぬけるんでしょ?」と人事のように思っていました。
「いいから食べて」とYさんにも言われ・・・・・、計算しなおす母でした。
そして車から道具を出し、準備を始めました。
準備が出来ていなかったせいで食べる時間がなくなり、そのままK君との試合に入りました。
「道具は何事があっても出しておくべき」「なんでいいから食べておくべき」とつくづく思いました。

久しぶりに忙しい1日でした。

1日遅れてしまいましたが、無事に更新できました。
10月11~12日、『東京都障害者総合スポーツセンター』を会場に、『第1回東京ボッチャ交流大会』が開かれました。

今までやっていた『東京ボッチャ大会』の名称が変わったもので、例年通りのCWクラスとOPENクラスの2クラスでの個人戦でした。

CWクラスは3人リーグが13リーグ、OPENクラスは3人リーグが5リーグ、4人リーグが3リーグありました。
『埼玉ボッチャクラブ』はCWクラスに8人、OPENクラスに2人が出場しました。

リーグでは仲間同士での試合はなく、CWクラスは7人がトーナメントに進出することができました。
その中には、(『いたずら好きの女神様』のせいで)信じられないようなラッキーな奴もいました。
くじでシードが3人決まり、残りの10人でのトーナメント1回戦。
私はよりによってK君と。
なんとか勝ち、休む間もなく2回戦、なんとKさん。
接戦そしてタイブレイクの末、私が準決に進むことになりました。

準決の相手はBC2のHさん。
初めての対戦でした。
私が1END取りましたが、2ENDで9mにジャックを置かれあっという間に逆転されました。
続く3ENDで突き放され、気がつくと4点のリードを許していました。
最終ENDも9.5mのジャック。
ギャラリーは誰もがこのままHさんの勝利を確信していました。
しかしHさんの青ボールが2mも手前で止まりました。
私は『だめもと』で9.5(に行くような)のボールを投げました。
自分でも驚くほど近づきました。
Hさんも必死でした。
しかし投げれば投げるほど手前で止まり、私の赤ボールがまるでジャックかのように、なって行きました。
Hさんの仲間はだんだんあきれて、文句を言い始めました。
最後のボールを投げ終わると今まで文句を言っていたギャラリーは、私の応援を始めました。
私はさっき投げた距離で投げると、そのボールも点になるようなところに止まりました。
2点は確実、残りボールは後3個、点差は4点。残りボールを全部入れれば勝ち。
このときの勢いなら誰もが「行ける」と思っていたに違いありません。
このときコートに『いたずら好きの女神様』がいて、ボールを蹴ったと思わずにはいられないほどボール1個がきれいにそれました。
そして、その結果タイブレイク。
今回の大会は、1球のみのタイブレイク。
Hさんの先攻、ジャックにくっつきました。
私は「負けてたまるか」と少し強いボールを投げ、ジャックを押し込みました。
その瞬間も女神様がいたように、私のボールがジャックにくっつきました。

そのまま、隣のコートでの決勝に入った私でした。
さっきまでの女神様は、今度はYさんのほうへ着いてしまったらしく、5-1で負けました。
飲まず食わずで、一気にやった4試合でした。

一番おもしろかったのは、何と言ってもHさんとの試合でした。
またやりたい・・・・・・。
 10月1~3日の3日間、『国際展示場(東京ビッグサイト)』にて『国際福祉機器展2014』が開催されました。
私は初日の1日に行きました。
以前に新光苑の『グループ旅行』で行った以来、数年ぶりの『福祉機器展』でした。

今回は母と2人で、個人的に行ってきました。
「『福祉機器展』行く?」の母の言葉に二つ返事で答えてしまった私。
その日が『お風呂』ということも考えないで・・・・・。
「電車で行くよ」と言われ、「前回よりも速くいける」と思いました。
が、甘かった・・・・・。
たっぷり3時間かかり、着いたら1時近くでした。

会場は車椅子の方を中心に、にぎわっていました。
中に入った親子は、わき目も振らず『福祉車両』のブースへ。
迷わずお目当ての車に、試乗しようとしましたが、スロープの幅が狭く乗ることができませんでした。
その後も次から次へと、よさそうな車の試乗を試みました。
スロープは広いのに中が狭かったり、中に入れても天井が低かったり・・・・・・。
私(の車椅子)が乗れるのがなかなかありません。
スロープも天井も全てOKと言う車もあるのですが、助手席に乗れない・・・・・。

私たち親子のわがままを聞いてくれるような車は、需要が少ないのかもしれません。
しかし私たちと同じようなものを求めている方たちも、少なからずいるはずです。
そんな利用者の声にこたえてくれるような車が、増えてくれるといいなと心から思います。

他にも見たいブースはたくさんあったのですが、『福祉車両』から動くことができないまま、『蛍の光』を耳にしてしまいました。
行きにかかった時間と同じくらいの時間しか見ることができませんでした。

帰ってきてから「『福祉機器展』に行ってきた」というと「いっぱい見たでしょ?」と聞かれるのですが、「車(福祉車両)だけ」と答える私でした。
「もったいない・・・・・」と必ず言われました。
その度に「私もそう思う」と言わずにはいられないPINKCATでした。

しかし(他のもの(福祉機器)はいつでもどこでも見られるけど、車(福祉車両)はそうは見られない」と言う母の言葉。
その言葉にも、納得してしまいました。

来年こそ、他も見てみたい・・・・・・。
といいながら、(福祉車両)のところに入り浸っていそう。

今日も無事に更新できました。