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『PINKCATの夢』を普段から読んでいる方、普段の私をご存知の方は、先週の更新ができなかった理由をお気づきになっていらっしゃると思います。

 

4月の終わりから前々回までの3週間、月曜日に更新できないことが続きました。

「ちゃんと月曜日に更新しなくちゃ・・・・・」と、前回の更新を寝る前ギリギリの時間に終わらせ、満足してベッドに入りました。

ベッドの中で落ち着くと、なんか違和感を感じました。

しかし「寝る方が先!!」と寝ました。(「気のせい・・・」と思いたかった・・・・・)

 

次の日起きると、やっぱり違和感がある・・・・・。

「これはやばい!!来る来る来る!!!」と早めの対処。

対処したつもりが対処になってなく、『くせもの』が侵入。

その『くせもの』は侵入したら最後、我が物顔でやりたい放題・・・・・。

そのせいでそれからしばらく、ベッドでごろごろ。

相手になってくれるのは、テレビだけ。

 

その週末、『ケーキ』の報告がてら『越谷』に行く予定だったのもだめになり、去年行った『ポピー畑』にも行けず・・・・・。

来る日も来る日もベッドの上でした。

「『ケーキ』の後でホントによかった・・・・・」と思いながら、テレビを相手にしていた毎日でした。

 

『くせもの』のしつこいのは、誰でもわかりきっていること。

だからこそ私を見ると、みんな「おとなしくしてな!!」と声をかけてくれました。

たいしたことではないのに、ベッドにいた方が楽。

そんなのヘンな話です。

 

いつも『くせもの』に入り込まれると、2週間ほどベッドにいてテレビを相手にする生活が続きます。

そのたびに、「早く(『くせもの』を)追い出してやるぅ!!」と意気込むのですが、どうしても(『くせもの』を追い出すのに)2週間はかかってしまいます。

今回もなんだかんだで、2週間経ってしまいました。

 

私が頭にくるのは、『くせもの』はかなりの『自分勝手』ということ。

入る時は静かに気づかれないように入り、暴れるだけ暴れ、出て行くときは違う体を探しながら出て行く・・・・・。

その時に、『分身』をいたるところに撒き散らす。

その撒き散らす行為はやってる本人は疲れるのに、周りからはその本人が悪いように見られてしまいます。

 

今、私がその真っ最中。

私だって、1秒でも早くその行為から解放された~い。

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『GB戦』の2日後、また思いもよらない『ケーキ』を口にすることになりました。

 

4月29日、日本では『昭和の日』。

この日は、個人戦の予選リーグ最後の試合でした。

前日に1勝1敗だった私は、この日の試合次第でその後の予定が変わる大事な試合でした。

私のいたリーグには、2日前においしいおいしい『ケーキ』をごちそうしてくれた『GB』の2人がいました

 

前日に『世界ランキング』3位の『GB』の選手に8-1で勝つことができませんでした。

「(世界ランキング)3位なんだから勝っちゃっちゃ悪いよ」と勝てなかった言い訳をしていた親子でした。

 

そして次の日のこの日の相手は、昨日勝てなかった選手に勝った『GB』の2人目の選手。

その選手は、何かあると

「Comeo~n!!」

とすぐ吠える。

『ペア戦』でも、ずっと吠えていました

私が寄せたボールをはじく時も、その後ジャックに寄せる時も・・・・・、とにかくよく吠える奴。

奴と同じことを私がして「よしっ」と言ったら、それを見ていた関係者は首を傾げたり、しかめっつらで睨み付けられる・・・・・。

そんなことでも吠えまくっていました。

吠えた後に私が寄せると、またはじいては吠える・・・・・の繰り返し。

1END(1点)を取り、ボールの回収。

2ENDに入るための準備をしていた私に、何も言わずに青ボールの上にジャックを置いたレフリー。

明らかにまだ準備中なのは、誰が見てもわかったと思います。

しかしレフリーは、「ジャックプリーズ」と言い放ちました。

全く準備ができてない私は、「待って・・・・・」と必死に訴えました。

が、(言葉がわからないのではなく)聞く耳を持ってくれませんでした。

少し持ち時間が少なくなってしまった私ですが、おとなしく2END目を始めました。

時間がなくなってしまったのを言い訳にはしたくありませんが、2点を失ってしまいました

 

続く3END目。

自分のENDにもかかわらず、先に投げ終わってしまった吠える奴。

私は1点でも増やそうと、赤ボールの隙間(隙間とは言えないほど広い)に入れるたびに「スコア」と繰り返しました。

一番近い赤ボールに当たって動いたように見えたそのボール。

日本では、たとえ動いてなくても自分が再確認するためにも、コンパスをあてる(測り直す)審判がほとんどです。

が、その時のレフリーは、ボールの止まるところも見てなかったように見えてしまいました。

私はその動きに納得が行かず、また「スコア」と叫びました。

するとこともあろうかそのレフリーは、『ランプ』の真ん前に立ちました。

『ランプ』の真ん前に立つレフリーなんて初めて見たし、いるとは思いませんでした。

ましてや、国際大会で・・・・・。

なんて言っていいかわからず怒りながら、次の狙いに入ってしまった私でした。(アシスタントである母は気がついていました)

そんなこんなで1点しか取れなかった3END。

2-2で入った4END。

また、準備中におかれたジャック。

文句を言おうとするとレフリーは、人差し指を鼻の前に当てて「黙れ」と言わんばかりのジェスチャーをしました。

1点でいいから取りたかった私でした。

が、時間がなくなってしまい、3-2で終わってしまった試合でした。

なんとも後味の悪い『ケーキ』でした。



試合が終わってしばらくは、怒っていた私でした。

 

声を大にして言いたい!
日本の審判は、『世界一




長すぎて書くのに時間がかかり、1日遅れました。


『BOCCIAMONTREALOPEN』という『ケーキ』の1ピース(一切れ)のお話です。

大会2日目、その日『BC3ペア』の予選リーグ最後の試合がありました。

私たち日本の相手は、『GB』。

 

前日、『オーストラリア』に大差で勝った『GB』は、その『オーストラリア』に大差で勝てなかった日本の試合を最後まで見ていました。

『オーストラリア』に大差で勝ちを譲ってしまった日本は、次の日の『GB戦』に「絶対勝つ」それしか言わずにその日を終えました。

 

そして次の日、『GB戦』。

赤ボールを取った日本は、1ENDを(1点)取りました。

前日の『オーストラリア戦』を見ていた『GB』は、長めのジャックを仕掛けてきました。

そのジャックに赤ボールを寄せようと日本が投げた瞬間、レフリー(主審)が投げた赤ボールを止めました。

その試合私はスペア(控え)だったため、ENDラインの外で「どうして?」「なんかやった?」と思いながら、レフリーの動きを追っていました。

レフリーは止めたボールを『アウトボール入れ』に入れると、投げた選手に『ペナルティ』を宣告しました。

どうして『ペナルティ』を取られたのかもわからないまま、試合は再開。

後でわかったことですが、赤ボールを投げる前に『コミュニケーション』があったとのことでした。

 

『GB』の長めのジャックにかなり苦しめられた日本。

それでも前日の『オーストラリア戦』とは何かが違う日本に、『GB』は戸惑ったに違いありません。

『GB』は6球投げ終わった時点で、1点でした。

『ペナルティ』をもらった『GB」は、その2球を入れて2点差で3ENDに行きたかったと思います。

ジャックに一番近い青ボールでも、50cm以上離れていたと思います。

青ボールを入れるのは、難しくないはずでした。

「やばい!流れが『GB』へ行っちゃう・・・・・」私を含め、その試合を見ていた関係者誰もが思いました。

次の瞬間、赤ボールに向かってきた青ボール。

赤ボールにぶつかり、そのボールを押してくれました。

赤ボールが動いた瞬間、私の後ろにいた関係者が一斉に拍手をしました。

そして、ENDFINISH。

レフリーが「赤1」と示すと、さっきより大きい拍手と「よっしゃ~」の声。

 

3ENDに入る準備をしていると、『GB』のコーチから『タイムアウト』。

『GB』は、相手に点をやってしまったことにかなり焦っているようでした。

私たちは「落ち着いていこう!」と声を掛け合い、タイムアウトを終わらせました。

赤のいつものジャックのところで、始まった3END。

青の1球目が、なかなか投げられません。

また、レフリーが選手と話しています。

「また?(ペナルティ)」誰の脳裏にも浮かんだ文字。

ところが、『ヘッドレフリー(審判長)』まで呼ばれました。

ヘッドレフリーを交え話していたレフリーが『GB』に『イエローカード』を出し、3個の青ボールを没収しました。

『GB』は、2ENDのミスで頭が真っ白になり1人がボールを6個持ったまま3ENDに入ってしまったそうです。

3個しかないのだからもっと取れてもいいはずなのに、2点しか取れなかった日本でした。

4―0で入った4END。

2ENDと同じような長めのジャック

お互いに文句ないボールを投げることができないまま、赤ボールの6球目。

完ぺきとは言えないものの、ジャックに近づけることができました。

『GB』の残りボールは、4つ。

全部入れば、タイブレイク。

1つでも外れれば、日本の勝ち。

試合を見ていた関係者全員が、息を呑んで『GB』のボールを追っていました。

見た目では3点は、入ったように見えました。

ENDFINISH後。

キャプテンが呼ばれ、赤ボールの一番近いボールが測られました。

私のいたところからは、(近い)青ボールが3つにも4つにも見えました。

測り終わったレフリーが、「青3」示し長かった試合が終わりました。

 モントリオールでの初めての勝利は、今まで味わったことのない不思議な試合での勝利でした。

 

試合の後、「(ペナルティは)俺の一声、悪かった・・・・・」とコーチが、穴に入りたそうに言ってくれました。

2016.05.04 ごちそうさま

2日遅れの更新です。

 

一昨日の午後3時過ぎ、無事に『BOCCIAMONTREALOPEN』という名の『ケーキ』を食べ終わることができました。

 私にとって久しぶり過ぎた『ケーキ』は、いろいろな味でした。

団体戦/個人戦含め5日という短い期間でした。

以前の『ケーキ』の主催する組織などが違い、初めての『ケーキ』のように感じました。

会場は、モントリオールの『オリンピック公園』の中にある『モーリスリチャードアリーナ』。

 

そこは、アイスホッケーやスケートなどで使われている所でした。

そのため、木張りの床とはほど遠いコンクリート。

そのコンクリートがなみうっていて、ボールがどこへ行くかわからない・・・・・。

そんなコートで、団体戦からのスタートでした。

 

わが日本ペアは、『オーストラリア』・『GB(イギリス)』の3か国のリーグ。

初戦の『オーストラリア』のジャック(の位置)に対応できず勝つことができませんでした。

2戦目の『GB』戦では、「『オーストラリア』でこれができれば・・・・・」というプレーができ、(『GB』の信じ難いミスの連発のおかげもあり)勝つことできました。

しかし、『オーストラリア』に大差で敗れトーナメント進出することができませんでした。

 

BC1/2のチーム戦は、予選リーグを無事通過。

準決勝も、見事クリア。

最後「これに勝てば金」というところまで、がんばりました。

最後の相手は、予選リーグで勝てなかった『韓国』。

「勝ってくれ!!」という日本チームの願いは届かず・・・・・、終わりました。

それでも『銀メダル』を獲得することができました。

BC1/2の『爪の垢』を飲みほしたい『ペア』の3人でした。

 

団体戦のあとは、個人戦。

BC3の3人は、それぞれ1勝することができました。

あっという間の『ケーキ』でしたが、『ブログ』1回では書ききれないほど、いろんなことがありました。

ごちそうさまでした。

                                                            これから何回かに分けて、書いていこう思います。

「またか・・・・・」と思う人も多いと思いますが、読んでいただけたら幸いです。