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 先週の火曜日の午後、『POLA』の方のによる無料のメイク&ハンドマッサージが行われました。

事前に申し込んでいた10人ほどの女性利用者が、新棟食堂に集まりました。

メイクだけをしてもらう人、ハンドマッサージだけの人がいる中で、ほとんどの人が両方申し込んでいました。


書くまでもありませんが、私はもちろん両方。

その時の状況で、メイクからの人もいれば、ハンドマッサージから始める人。

イクの方が少なかったので、メイクから並んだ私でした。

お世辞だとは思いますが「肌、きれいですね!!」と言われ、悪くない気分。

鏡の中の自分がきれいになっていくのを見て、「ホントにきれいかも!」と思ってしまうPINKCATがいました。

私はいつもばっちりメイクで、試合に臨んでいました。

メイクが終わると「きれい!」とか、「かわいい!」と言われて、ニヤニヤしていました。

が、実は、戦闘モードになっていました。

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メイクの後は、もちろんハンドマッサージ。ハンドマッサージの方が人気があるらしく、メイクの3倍近い人数が並んでいました。

私の手はかなりの頑固者で、持ち主である私でさえ扱いに困ることがあります。

ハンドマッサージに申し込んだのはいいけれど、できるのか・・・・・?、やってもらえるのか・・・・・?、と思いながら順番を待っていました。

ハンドマッサージが始まると、心配していたことなどどこへやら。

スタッフさんの魔法にでもかけられたように・・・・・・。

自分の手ではない、素直でいい手になってしまいました。

初めてのハンドマッサージでしたが、想像以上の気持ちよさでした。

特に指と指の間が、最高でした。

その後、「化粧した写真を撮って・・・・・」とねだる私。自分のスマホで、撮ってくれた職員さん。撮った写真を加工して・・・・・、さらにきれいになりました。

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私・・・・・、きれい?



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 先月の末のことでした。

市内のとある場所に、行く用事がありました。

行ったことはもちろん聞いたこともないその場所は、外から見ると(古すぎて)「エレベーター、あるの?」と思ってしまうほどの小さな2階建てでした。

指定された場所なんだから「行けないはずはない・・・・・」と、入ってみました。

入るとすぐにあった年季の入ったエレベーター。

ホッと胸をなでおろしエレベーターのボタンを押しました。

ボタンも、今はほとんど見ることができないようなもの。

ボタンを押すとすぐドアが開きました。ドアが開いたと同時に電気が付きました。

あまり使われてないことがすぐにわかりました。

そのことに気にも留めずに、乗りました。

年季が入っただけのことあって、私(車椅子)が乗ると(他に)1人乗るのがやっとでした。

『2』のボタンをおすと、すごい(懐かしいような)音を立てて2階へ。

そのわずかな間、いろんな意味で笑いが止まらなかった2人でした。

その後無事に2階で用を済ませ、同じ行程を経て帰りました。

「あれは30年?」

「いや、40年以上だね~」

「いや、ニットモール(が約40年)よりヤバいよ」

といつものように言いたいことを言い合う2人でした。


私はウン十年、エレベーターのお世話になってきました。

いろんなところでいろんなエレベーターに乗りました。

ドアが開いてから止まるエレベーター、動くたびにガリガリ言うエレベーター、車椅子が6台も入る(しかも通り抜けできる)エレベーター、十数年前に世界中で大騒ぎになったシンドラーエレベーター。

そのシンドラーエレベーターには、2週間も毎日乗らなければいけない状況でした。

毎回大騒ぎして乗っていた日本人でした。

日本のエレベーターは、静かで快適!と思っていました。


そのエレベーターに乗るまでは・・・・・。

でも、昔は確かにこう(動くたびに音がする)だった!!

いつの間に、音が静かになったんだろう?

いつの間にボタンも触るだけになったんだろう?

いつの間に車椅子用の操作ボタンが付いたんだろう?考え出すとキリがない・・・・・。

気がついたら、今のようなエレベーターになっていたような・・・・・。

「いつの間にか・・・・・」に弱いのが人間です。

そのこと思い出させてくれたような、エレベーターでした。

2018.07.16 半夏生

『半夏生』。私は、つい先日までこの言葉を知りませんでした。

6月の下旬に行った草津。

草津に向かう車の中で母が「『半化粧』って知ってる?」と2人(父と私)に話しかけました。

私は、『はんげしょう』という言葉をその時初めて知りました。

何も知らない私は、2人(父と母)の会話を黙って聞いていました。


別名を『片白草(かたしろぐさ)』と言い、ドクダミ科の多年草です。

葉っぱの半分から先が白くなり、花がさいたように見える木だそうです。

雑節のひとつで、夏至から数えて11日目7月2日のあたりを『半夏生』といい、このあたりまでに田植えなどを終えるとか・・・・・、という風習も残っているところもあるようです。

そのころに咲く(白くなる)から『半夏生』という説があるそうです。


「『半夏生』って書くのもあるらしいぞ」と父。

知らない世界の話についていけない私に、

「山の中行けば見られるんじゃない?」

そのひと言で、『はんげしょう』とやらを探すことに夢中になる2人。

私にはふつうの木にしか見えない木を見ては、

「あれは?」

「ちがうよ」

「こっちも違うか?」

と車の中で言い合う父と母でした。

簡単に見つかると思っていたらしい2人のようですが、「見つけたい時(もの)に限って見つからない・・・・・」のがこの世の中。

「ないんじゃないの?」と私に軽く言われ、むきになったように・・・・・・。

『湯畑』から軽井沢方面へ回り、上信越道の『碓氷軽井沢IC』に向かう山道の途中、車が吸い込まれるように止まりました。

車を降りた母は、ケータイを片手に少し戻るように後方へ走り出しました。

私に見えるようにと、父は車を母のいるあたりまでバックさせてくれました。

左の窓の外に、先が白くなった葉っぱが付いた木がありました。

それは、まるで白い花が咲いているようでした。

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「なんでこうなるの?何の木なの?」

見たこともない木の葉っぱを見入ったまま、母に聞いた私でした。

「こういう木なんみたいよ・・・・・・これが『はんげしょう』」

3人は、しばらくその木を見ていました。

その後ICに向かって走っていると今まで見つかったことが嘘のように、あっちにもこっちにも『はんげしょう』がいっぱいでした。

「見つけてるときはないのに、用がなくなると出て来るんだよね・・・・・」と文句を言う3人でした。

ちなみに、漢字で『半夏生』『半化粧』どっちも書くそうです。

 7月7~8日、『埼玉県ボッチャ選手権大会』が『埼玉県障害者交流センター』にて、開催されました。

『埼玉県ボッチャ選手権大会』が始まった11年前には2つしかなかった競技団体も、特別支援学校などを中心にその数が増えました。

『ひまわり会』・『埼玉ボッチャクラブ』そして、『蓮田ボッチャクラブ』から11回目となる今大会は、過去最多の選手38名が・出場しました。


今回も選手でない私は、6人いる総務の中の1人で、主に受付のあたりをウロウロしていました。

県内の大会で、何度となく経験しているはずの『コールルーム』の門番(受付)。

今大会の『コールルーム』は前回同様、「試合開始の30分前に開き、10分前に閉まる」というものでした。

『コールルーム』の入り口に設置された時計(クロック)を見ながら選手はもちろん、私たちも動きます。

一緒に仕事をするスタッフに

「今度(の試合は)~分からだから、~分に開けるからね!」

と言われてその時は理解したつもりなのに、1分も経たないうちに

「~分だっけ・・・・・?」

と聞き返す私。

そんな私に聞かれたスタッフも

「えっ?~分だっけ・・・・?」

とお互いに聞き合うことを繰り返す私たちでした。

そんなこと繰り返すうちに、時計が読めなくなってしまいそうなPINKCATでした。

それでも慣れてくると空いた時間には、気になる試合を見ることができました

試合を見入ってしまいスタッフに迷惑をかけてしまったことも・・・・・、その逆も・・・・・?あったようななかったような・・・・・。


2日間で『コールルーム』が開けられたのは13回、計59試合が行なわれました。

そのすべての『コールルーム』は、コールアウトなどの大きなトラブルなく、無事に終わることができました。


さすが『埼玉県ボッチャ選手権大会』!!



2018.07.02 『湯畑』

 去年もこの時期に行った『草津アルペンローゼ』。

今年も先週の月火で、行ってきました。

去年と同じような時間に出発し、同じようなお昼を食べ、同じような道を通り、チェックインまで同じような時間でした。

そしてその後も・・・・・・。


翌日、「白根山に行ってみる」と言った父。

『アルペンローゼ』から10分も走らないうちに、白根山の『ロープウエイ』の乗り場へ着きました。

が、今年の1月の噴火のため『ロープウエイ』は動いてなく、周りのお店なども閉まっていました。

「写真、取れそうなところ連れていって・・・」の2人からの注文に、

「湯畑行ってみるか・・・・・?」と言いながら方向転換する父でした。


「ここ、(車が通って)いいの?」というような狭い道を通り、『湯畑』へと出ました。

ドラマなどでは何度も見たことある『湯畑』ですが、実際に見るのは初めてでした。

『湯畑』の上の方で車を降り、散策するつもりでした。

車を降りたまではよかったのですが、下から『湯畑』を見上げてみたいために下りて行こうしました。

車で上がって来た道以外、車椅子で下まで行ける道はありませんでした。

その道は、車から悲鳴が聞こえて来るほど、急な坂道でした。

歩道には階段がありましたが、車椅子が通れるスロープ等はありませんでした。

対外の所はどこでも行ってしまうこの親子。

その親子がこの坂道をあきらめざるをえない状況でした。

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潔くあきらめた2人は、『湯畑』をバックに写真を撮りまくっていました。

温泉独特の硫黄の臭いが立ち込めていて、「温泉街なんだな!」と思わせてくれました。


『湯畑』の周りにはおみやげやさんなどがならぶ中、『セブンイレブン』がありました。

180626_1030~02その『セブンイレブン』は、景観を崩さないようにふつうとは異なった色でした。

「温泉街に合うようにしてるんだ!」と思いました。

「さすが温泉街!」「さすが日本!」と思いました。